/天国/天界への距離は一人ひとり異なる/執着のないのが天の世界/物質的なものを望んでいる人は物質的な世界が天国となる/自分への否定がない天国/自分の意識全体が感じられる天国/すべてに神が感じられる天国/繊細な意識の天国/神が創った天国と人間が造った天国/
2016/10/17 月例セミナー:天国への階段 |
このメッセージのいいねポイントは |
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宗教や習慣で人間が造った天国 |
①神の創った天国は意識の成長度による
光の世界からお話をいたします。天国、天の世界、天という世界のお話をしていきます。天という言葉は神と共にいる世界と理解されていたり、あるいは天使の司る世界、天のものたちによってしっかりと管理されている世界、そのように理解されることがあります。一般に日本の人々にとってみると、いわゆる極楽、この世のさまざまな執着を取り除き、人間的な意識を超えて新たなる意識段階に入った状態を天と理解している場合があります。
今皆さん方はこの物質世界でいろんな人々と関係をつくり、それを普通の世界として認識されております。この物質世界で多くの人々がお互いに協力関係を結び、家庭や仕事においていろんな人々と交流をしております。しかし実際には一人ひとりの意識のレベルは異なっており、一人ひとりの天に近づく距離はかなり異なっております。何をもって天と評価するかは人によってかなり異なっており、この物質世界においては物質的に恵まれ、精神的にもリラックスできる、会う人が皆喜びを感じさせる、そういう状態であれば天国のように感じていくでしょう。
この物質的な条件において何も苦しみがない、束縛がない状態、これで天国のように感じている人がいるでしょう。この物質的な制限や制約も個人差がとても大きく、いろんなものに欲をもち、いろんなものを手にして天国だと認識する人がいれば、ほとんど何も手にすることがなくても満足し天のような状態と認識する人もいます。
本当の天の世界から見た時、物質的な執着の意識がほとんどなければ天に近い状態ということができるでしょう。物質的なものを多く手にしていないと不安になる、多く手にすればするほど満足が起こる、これは天とは遠い世界に入っていき、執着の心が強い状態を現していきます。
ただこの物質的な執着がない天の世界に入ったとして、そこで皆さん方が喜びを感ずることができるかどうか、おそらく必ずしも満足を得ることはできないでしょう。ただ基本的には人それぞれ望んでいる心の状態に進むことになり、物質がほとんどなくても十分に満足している人はほとんど物質のない世界で過ごすことになります。
物質がたくさんないと満足できない人は物質がたくさん揃っている世界に入ることになります。どちらが天国として認識されるか、それぞれの人間からすればそれぞれが自分にとっての天国になります。しかし本当の光の世界から見た時、それらの物質に対して執着的な思いをもっている場合、それはまだまだ天国とは違う世界と認識されていきます。
物質的なものを必要とせず、ただ自分に必要なものだけを自分のものにしていく、そういう物質にとらわれない意識の方が天界として上の方になっていくでしょう。皆さん方にとってこの物質的な意識、これまでの人生で身につけてきたあらゆる物質的な心、この物質的な心が大きな壁をつくっており、この物質的な心でつくられた世界から物質的な世界の外へと出ていく、これがまず大きな扉になっていきます。
普段の皆さん方の生活において、物質的な意識を完全に取り払うことは難しいでしょう。現実に物質世界で生存しており、物質を必要とすることもとても多く、物質を直接手にする意識が普通になっております。物質に対する意識を取り除くといっても物質世界の人間から見ると、それはとても難しいかもしれません。
多くの人が肉体を失った後、この物質的な意識をどこまで取り除くことができるか、いったん身につけた物質的な意識をいかに手放していき、本来の光の世界に入っていけるか、これが大きな鍵を握っていくのです。皆さん方が肉体を失った後、次の世界においてこの物質的な意識を取り除く学びを行なうために、それぞれ自分に合った世界へと入ることになります。
どういう物質的な心がまだ存在しているか、どういう物質的なものにまだ執着しているか、それを見せられていき、一つひとつを手放していくのです。そして物質的なあらゆる心を取り除き本当にもう物質世界は終了した、もう物質の学びは終わったのだ、それが意識された時に最初の扉を開けることになります。
いずれ皆さん方がそういう時期にきた時に扉を開けることになりますが、少しでもその時がきた時にもう物質世界の学びは終わったのだ、もう物質的なとらわれ、執着のない世界で自分はそこで学びを行なう必要がある、そういう意識になって次の世界に入っていけるようにその時にうまく意識が動き出すようにワークを行なっていきます。
まず自分の日常生活を考え、自分はどういったところに常に意識を向けているか、自分にとって不安なもの、あるいは喜びをもたらすものは何なのか、自分にとっての心の安らぎとは何なのか、それらを思い出していってください。ないと不安になるもの、喜びをもたらすもの、それらを日常生活の中から思い出していきながら、それが物質的なもの、物質世界の中でのみ存在するもの、そういうものであった場合、それらに捉われることなく次の世界ではもうそれは必要ではないこと、肉体を終えた時はもうそれは必要ではないこと、それをはっきりと理解できるように心の中にその意識をつくり上げていきます。
もう自分にとってこれこれは必要ではない、私はこれこれに執着していない、私はもうこれを手放す、一つひとつを見ていきながら自分の心の中から物質的なものを手放していきます。金銭に対して物質に対して執着的なものがないかを思い出していってください。心からあらゆる物質的なものが消えていった時、目の前に扉が現れてきます。目の前の扉に向ってノックを三回してもらいます。
扉が開き明るい光が部屋の中に入ってきます。扉を開け先に進んでいきます。物質的なとらわれから解放され意識が広くなります。自分の世界が広くなり、空間、時間の広さがかなり広大なものに感じられていきます。
今までの閉ざされた世界から広大な無限の世界を感じていき、自分自身の心が広く広く広がっていくのを感じます。物質的な執着的な意識がなくなったとしても、まだどうしても自分という意識がそこに残っております。この心の広大なる世界、光り輝く世界を感じていきながら、自分の心をまたいろいろと見ていく学びが始まります。
心を大きくしていろんなところに意識を向けながらも、その世界で何か気になるところ、何か自分にとって興味をもたらしそうな場所が感じられてきます。自分の興味あるところに意識を向けるとかなり早くそこに進むことができます。それぞれ自分の興味のある世界、自分に合った世界に進んでいき、自分の世界にうまく合っているその心地よい世界は、自分の心をしっかりと受け入れてくれるとても良い世界として感じられていきます。
その世界においていろんな心の動きが感じられてきます。自分の心の中のいわゆる興味をそそるもの、わくわくするもの、あるいは何かちょっと恐れてしまったり、避けてしまうような感じ、心でそのまま感ずることがはっきりと認識されていきます。いろんな心の動きがそのまま現れてくるその世界において、何か自分にとって違和感のあるもの、何か少し自分にとっていづらい、やりづらいと感ずるものが現れてきます。
自分にとって何か気になる、何か少しおかしい、何か少し違う、そういう感覚の世界が少しずつ現れてきて、そこに意識を向けるようになっていきます。何か心の中でひっかかっていたもの、完全に光になりきれないもの、そういったものがまだ残っており、その部分に意識が引き寄せられていきます。自分の心の中で何かひっかかるもの、何か分からないけど人から嫌われている感じ、何か分からないけど何かしなければならない感じ、何か追われている感じ、何かできなくて困っている感じ、何かよく分からないけど心の中にある違和感、そういったものが現れてきます。
何か分からないけれども心で違和感を感ずる、これはこの世界において自分自身がつくり出した一つの義務感や敗北感、あるいは劣等感や何かうまくできなかった時の心、そういったものが心の世界でつくられているのです。こういった心の状態の中で何か自分に対して屈辱感や悲壮感や自分でつくり上げた自分自身への好ましくない意識によってつくられた世界です。
自分で勝手に他の人との比較によって私はだめだ、私はできない、私には能力がない、自分で自分を決めつけ、価値を下げ、自分で低く下げてしまった波動の世界です。自分でつくり上げた自分を下げてしまった意識、これを取り除くために自分で自分を許し、自分を解放させる必要があります。いずれ皆さん方もこの世界にきた時に現実にそれを行なうことになるでしょう。
それを少しでも正しくできるように今の段階で本当の自分が落ち込んでいる自分に正しく意識を向け、光を向け、許していく、もう十分に自分を下げてしまい、これ以上自分を落ち込ませる必要はありません。自分で自分を低くしていただけであり、これ以上下げる必要はありません。自分で自分を許し、自分を解放させ、光ある自分に戻ってくる、それを自分に言い聞かせていきます。本当の自分で落胆している自分に声をかけ、自分を取り戻してください。
自分で自分を裁き、自分で落ちていった自分にしっかりと自分で光を与え、自分で取り戻していくのです。もう私は大丈夫、もう比較して落ち込んだり自分を裁くことはしない、自分を否定することはしない、自分を傷つけることをしない、そうやって本当の自分へと戻ってきます。自分が本来の自分へと戻ってきて自分で裁かれた自分がすべてなくなった時、目の前に扉が現れてきます。
その扉にノックを三回行ないます。
扉が開いて明るい光が差し込んできます。明るい光に目が慣れてきたら扉を通って向こうの世界に入ります。はじめはまぶしくて見えないかもしれませんが、目が慣れるまで周りをよく見ながらその世界を感じていってください。新しい世界が少しずつ見えてきて、これまでの世界とはまた違う光の世界が現れてきます。
これまでの世界よりも意識の広がりを感じていきます。なぜか意識が広く感じられてくる、自分の意識が広い領域にまで達しており、人間のような肉体意識とは大きく異なり、広い範囲で自分の意識として感じている、そういう広い意識の世界が現れてきます。意識を広げれば広い世界が感じられていき、意識を向けたところすべてがはっきりと手に取るように感じられていきます。
その世界の意識の在り方に少しずつ慣れていくようにしばらく練習をしてみてください。意識を向けるといろんなものが感じられてくる、離れているところでもそこに意識を向けるとにおいが感じられ、思いが感じられてくる、遠いところでも意識を向けると心が通じ、良い香り、振動、いろんなものがすぐに感じられてくる、意識の広がりを感じさせる世界です。しばらくこの世界で意識が慣れるようにトレーニングしていってください。
意識を広げれば広げるほどいろんな意識が感じられてきます。あまりにもいろんな意識が同時に感じられてくるために、一つひとつを感じたい人は一つひとつに意識を集中させ、一つひとつをそのまま感じとっていきます。全体を感じたい時は全体に意識を広げると全体がそのまま感じられてきます。意識の使い方をいろいろと練習していってください。
できるだけ広く意識を向け全体を感じようとしてみても、どうしても意識が到達できないところ、あるいは感じようとしてもなかなか感ずるところが難しいところ、そういったものがあればそこに意識を向けていきます。意識を向けても何も伝わってこない、あるいは意識を向けても逆に否定されてしまう、意識が及ばない、それを探していきます。
意識を向けても反応しない、意識が分からない、そういうものを見つけたら、そこに意識を集中させていき、なぜ意識が感じられないのか、なぜ伝わらないのか、それを探ろうとしてみてください。意識が何か拒否している、理解しようと思っても拒否され理解できない、意識をつなげようとしてもつながらない、そういったものを見つけていきます。
この意識の伝わらないところ、つながらないところを見つけていき、それをいろんな角度から観察していきます。なぜ自分の意識がそこにつながらないのか、なぜ何も分からないのか。そのつながっていない意識のところに何らかの否定的な想念、何か意識的に拒否しているところ、意識的に拒んでいるものが感じられてきます。
意識的に拒否している、意識的に拒んでいる、その正体を見つけていきます。その拒否している正体を見つけていき、それがなぜどうしてできたのかを見つけていきます。ある人は神に対する恐れ、してはいけないことをしてしまったという罪悪感、神に会わせる顔がない、間違ったことをした時の罪悪感、正しく前を向くことができず分からないように目立たないようにしている、そういう意識がそれらの原因になっています。
神に対して悪いことをしてしまって罪悪感のようになっているもの、人と約束して約束を破りずっと自分を責め続けているもの、いろんな自分の心の中にあり、自分で自分を裁いていたところ、前を向けなくさせていたもの、光を出せなくさせていたもの、そういったものが原因になっています。
自分でその正体を見つけていき、正面を向くことができなかった自分を解放させていきます。もうすべては終わり、ただ謙虚である自分へと戻ってきます。光に対して謙虚で素直であること、自分の犯した罪を自分で許し、神を目の前にして謙虚であるように心を正し、すべてを自分が意識で感じられるようにしていきます。
自分を許し、自分を解放することができた時、そこで留まっていた意識の部分が本来の正しい意識に戻っていき、また意識の広がり、感じようとしたら全部感じられる意識の状態へと戻っていきます。自分の意識の世界全体を感じながら、他にもうないかどうかをチェックしていきます。
感じようとして正しく全部感じられているかどうか、まだ他にも感じられなくさせているところ、固まっているところがないかどうかをチェックしていき、何かあれば又自分で自分を許し、解放させていきます。自分の意識の修正が終わり、この世界を全体を感じてどこまでも広く意識ですぐに感じ、素晴らしさや美しさもすべて自分の意識として理解できる、そういう状態になった時、目の前に扉が現れてきます。
扉が現れてきたらノックを三回行ないます。
扉が開き、また素晴らしい光が差し込んできます。まぶしい光であるためにすぐには前を見ることができません。まず目が慣れるまでその光を浴びていてください。素晴らしい神々しい光が入ってきて、自分の意識の世界すべてに広がっていきます。
この素晴らしい神々しい光の世界に少しずつ入っていきます。ドアを開け中に中に入っていき、素晴らしい光を感じていきます。あまりにも強い光で自分の意識やあるいは体そのものが強い光で圧迫感を感じていきます。光に当たるだけで圧迫感が感じられてくる、この強い光を受け続けているとだんだん自分の意識も慣れてきて、しっかりと光を受け止めることができるようになっていきます。
強い光、まばゆい光に少しずつ慣れてきます。だんだん目が慣れてきて周りを見渡していくと、これまでとはかなり違う世界が現れてきます。人間的な意識の世界がまったくなくなっていき、まさしく神のごとくある世界のように感じられていきます。見えるもの一つひとつに神々しさや神の思いが感じられてきます。
見えるもの、あらゆるものに神が宿っている、神の思いが感じられ神が意図してつくったという心が感じられてきます。この世界に慣れるまで少し周りを見回しながら体全体がここに馴染むようにもっていってください。だんだん慣れてくると少しずつこの世界が分かるようになっていき、いかにも神がつくった神の意志の現れであるという世界が感じられてきます。
この神の世界を感じていると、物質世界が神によってつくられ、いかにも人間に適したように物質世界がつくられたこと、いろんなものがこの神の世界を似せてつくられたものとして感じられてきます。神の意志を一つひとつ感じながら、自分にとって一番良い感じのする神の世界、一番自分に馴染みがあり、一番自分の居心地の良い神の場所を見つけてください。
自分にとって一番安心できて、一番心が休める神の場所を見つけていきます。自分にとって心から安心できる神の場所にやってきました。一番自分に馴染みのある一番安らぎの得られる神の場所です。そこでしっかりとその神とつながり、すべての神のエッセンスを受け取ってください。手にできるものすべてを自分の中にもってきます。
いろんなエッセンスを受け取り、神のパワーを手にしていくと、あたかも自分がその神になったような感じ、その神であるかのような感じになっていきます。その神は自分と同じであり、自分はその神でもある、本来の神の感覚がはっきりと感じられていきます。自分は神の意識だった、神の意識に戻っていき、すべては自分がつくり出したもの、自分の思いで人間の世界に降りていったこと、いろんなものが感じられてきます。
自分はこの世界から人間になろうとして降りていったこと、人間を体験しようとして降りていったこと、いろんなことが感じられてきます。神としての意識が戻ってきて、本当に自分はここから始まったのだ、そういう意識になってきた時、目の前に扉が現れてきます。
扉が現れてきたらノックを三回行ないます。
扉を開けて向こう側からまた光を感じます。これまでとはまったく違う新たな光が注ぎ込んできます。やわらかく、繊細で、包み込むような光、これまでとはまったく異なる光が扉の向こうからやってきます。この繊細な光は自分という意識の中に細かく入ってきて、まるで自分という存在を粒子のように分解させるかのように、細かい粒子に分解させ、自分自身が無数の粒子に分かれてしまうような感じに細かい光が自分自身全体に入り込んできます。
自分という意識そのものが細かな粒子の集まりであり、細かな粒子の動きがいくらでも変化できる、動き回ったり広がったり一つになったり、意識そのものが細かな粒子の集まりで動いている、こういう感覚になっていきます。細かな粒子の意識が少しずつ感じられてきたら扉から向こう側に入っていきます。
まったく新たな世界がそこに存在しています。まるですべてのものが細かな粒子で細かいもので形づくられたり、動き回ったり、変化を起こしたと思えば又集まって一つになったり、自分が何かの意志を動かすと自分の意志が無数の粒子となって広がり現実化させていく、自分が何かを思うとその意志がすぐに高速で広がり、粒子を現実化させていく、自分の思いがすぐに粒子となって世界を形づくっていく、新しい世界がそこに感じられていきます。
その世界で細かな粒子のような思いや意志ですべてをすぐに創造できる、その世界を少し感じていき、慣れるようにしていってください。その世界において自分が少しでも思いや意志を持てばすぐにそれが目の前に現れてくる、何かを思えばすぐにそれが目の前に現れる、自分の意識によってすべてが瞬時にして現れてくる、それを感じていき、その世界を楽しんでいきます。
その世界を十分に感じ、意識の使い方、意志や思いの使い方が分かってくると、どのように思い、どのように意志を向けたらどう現れてくるか、それがだんだん分かっていきます。自分の意志によって自分の世界が瞬時に現れてくる、その感覚がだんだん分かってくると、目の前に扉が現れてきます。この扉はまたこの物質世界に戻ってくる扉になります。しかし低い物質の波動に負けずに、今の意識をそのまま保持できるようにしておきます。自分の意識、意志の在り方によって自分の世界を創造できる、自分の意識や意志で現実をつくる、この意識を忘れることなく、その意識のままでこの世界に戻ってきます。
ドアが見えたらノックを三回行なってください。
扉を開け、扉を超えると今のマインドの世界、肉体の脳の世界に戻ってきます。肉体の脳の世界に戻っても身につけてきた意識の使い方、光の使い方を忘れないように、この物質世界でもそれが有効であることを心から信じ、それを日常使えるようにしておいてください。そのまま自分のペースでゆっくり戻ってきて休んでいてください。
②神が創った天国と人間が造った天国
先ほどのワークで行なった天国の扉は、いずれ皆さん方が神の世界に戻る時に必ず通るべき扉になります。いわゆるこれ以外の扉は人間がつくった扉、人間世界の意識や宗教、概念によってつくられた扉であるために、本来の神への天国の扉は先ほどの扉になります。
したがって皆さん方は先ほどの扉とは別に、やはり人間のつくった扉や国や文化や宗教、さまざまなものでつくられた領域の扉を通ることにもなるでしょう。それぞれの扉を通過しながら自分の意識が神へと戻っていく、この神へと戻る扉が天国の扉であることを理解しておいてください。
Aさん、あなたの天国の扉において、いくつかの扉の仕組みにおいて、自分に対する罪悪感の強いところが他の扉にも影響を与えておりました。自分自身の行動によって周りの人が混乱したり、問題をつくり出した時に自分の問題として深く考えてしまう、落ち込んでしまう、それによって扉の進み具合が難しくなっておりました。それぞれの問題が起きたとしてもあなたが問題をつくり出したわけではなく、その人自身がもっている問題をたまたまあなたが引き金となって現象化させた、そういうことは言えますが、あなたのせいで問題が起きたわけではなく、あなたは自分を責める必要もなく、また本来は相手に謝る必要もないのです。あくまでも一人ひとりの現実はすべて自分の責任で自分のエネルギーで現象化させていること、それを本当に理解し、たとえあなたの言動で周りが苦しんだとしても、やはりあなたの責任ではないということ、それを心から理解できるようにもっていってください。
Bさん、あなたの天国の扉において、いくつかの扉の仕組みに、仕組みそのものにあなたがうまく馴染めない現象がありました。いわゆるあなたの意識では扉が自然に正しく開いて、自分は向こうの世界に招かれていく、こういう意識があるために、結果的に扉を超えるのが難しいという状態がありました。いわゆる扉を開けるのも自分自身であり、扉を超えて向こうの世界に行くのも自分自身であること、自動的に扉が開いたり、自動的に扉を超えるわけではなく、自分の意識によって扉を開け、自分の意志によって向こうの世界に入る、このように自分の意志で行動するということ、これが大きなポイントになります。つまりこれは日常生活においても同じであり、自動的に何かがうまくいくとか、自動的に状況が変わるという世界ではなく、自分の意志で行動し自分の意志で進むことによって周りが変わっていく、自分が行動起こすことによって前に進んでいく、この根本的なところがまったく同じ問題を含んでいるのです。自分で前に進む、自分で意識的に前に進んでいく、その意識を強く身につけるようにしていってください。
Cさん、あなたの天国の扉において、一つひとつの扉にとても特徴的な反応が起こされておりました。いわゆるあなたから見た場合の扉の印象によって、ものすごくあなたの印象が良ければ扉はスムーズに開いて前に進んでいく、しかし自分にとって何か違和感があったり馴染みがなかったりすると、ついその扉を何か別のような感覚になってしまい、扉を開け前に進むことに何らかの抵抗が起こったりする、こういう状況が現れておりました。つまり感覚的に何か自分が感じたことがそのまますぐに現象化されてしまう、自分の感じたことによってすぐに現実が変わってしまい、それによって自分自身の現実の世界を変えてしまう、こういう意識の動きが現れておりました。自分が何かを感じとったりした場合でも、それをすぐに良い悪いとか、あるいは肯定的に否定的という風に価値観を持つことなく、冷静にそのまま客観的にまず捉えていく、すぐに結論や判断を出さずにまずしっかりと感じ、自分の心の中で自分の正しいものと照らし合わせて確認して前に進んでいく、そのような反応を少しでも身につけることができるようにしてください。感じたことをそのまますぐに現実に合わせてしまうと、現実が頻繁に変わってしまい、自分でもどの世界に生きているか、どの世界を体験しているかが分かりにくくなってしまいます。もっと深いところで冷静にしっかりと捉えていく、そういう直感の使い方を養うようにしていってください。
Dさん、あなたの天国の扉において、あなた自身がノックをした時、扉がそれによって振動し、反応し、あなたの意識の状態に応じて扉が開くように動いていきます。ただあなたが扉をたたく時、何かそこで不安や恐れ、何らかの違和感をもって扉をたたく時、扉そのものがそれを受け取らなくなってしまい、うまく反応しなくなってしまいます。扉をたたき開ける時、良い心で堂々と扉に向っていく、自分自身に何の責める心もなく、堂々と扉に向かっていく、この意識が要求されているのです。このような状態が起こるというのは、いわゆる日常生活において何か新しいことにチャレンジしたり、新しいものに取り組んだり、新しい人と出会う時に何らかの抵抗が起こるという現象を現しているでしょう。自分がまったく新しい人と何かをする時にいろいろ悩んでしまったり、いろいろ考えてしまったりする、そういったことを一つひとつ自分で分析していきながら、どんな人にでも普通に正しく接していく、新しいことにも積極的に挑戦していく、こういう意識を身につけることによってどのような扉も堂々と入っていけるようにしていってください。
Eさん、あなたの天国の扉において、あなたの天国の扉はあなたの思っている以上に正しく扉が反応し動いておりました。ただ一つひとつの世界において、おそらく感じとるのが非常に難しかったでしょう。あなた自身のもっている意識がまだ人間的な意識の世界に染まっているために、人間界から離れた天界の波動を感じとるにはかなり難しい波動だったと思われます。あなたがこの扉をくぐり天の世界を感じとるためには、人間的な意識を浄化していくこと、すべてを人間的な意識で判断したり考えるのではなく、人間に付随している天界の波動や天のあるべき心、あるいは天が仕組んだ裏の流れ、いろんなものを常に感じとろうとする、人間世界以外のさまざまなものにも関心を持ったり意識を向け感じとろうとする、そうやって人間の意識から少しずつ天の意識へと変えていき、天の世界をそのまま感じとれるようなトレーニングを行なってみてください。
Fさん、あなたの天国の扉において、あなたの天国の扉はそれぞれの扉ごとにとても特徴的な反応がありました。いわゆる下の世界ではなかなか開くのが難しかったりするところがありましたが、上の世界に行けば行くほど天国の扉が開きやすくなっているという状態が現れておりました。あなたにとっては上の世界の方が自分にとって馴染みがあり、住みやすいという状態になっているのでしょう。その分物質世界はあなたにとって苦手で難しいという状態のようにも受け取ることができます。しかしこれもあなたの学びの一つであり、この人間世界を正しく学ぼうとする、天よりも人間の世界の素晴らしいところを見つけていき、人間世界をどうやって素晴らしい天国へともっていくか、こうやってむしろ意識は人間世界に向いていること、それを思い出していき物質世界を良い世界へもっていくことを常に心に命じるようにしておいてください。
Gさん、あなたの天国の扉において、あなたの天国の扉の一つひとつは、とてもユニークな反応を起こしておりました。この本来の天国の扉はあまり感情的なものには左右されず、もっと波動の高いレベルでの意識で開閉が行なわれるように仕組まれておりました。あなたの人間的な意識の流れの中に、どうしても感情的な好き嫌いの反応が残っており、これの浄化がうまくできなかったために、これがそれぞれの扉において何らかの影響を与えておりました。ただそれは必ずしも悪い影響とか、だめという意味ではなく、いわゆる人間的な感情の世界が上の世界でどのように反応し、どう周りの世界に影響を与えていくか、それを確認するためにわざと仕組まれたエネルギーとも言うことができます。あなたを守っている偉大なるものたちがこの波動をわざと上の世界へともたらしていき、それぞれの世界で人間的な感情のエネルギーをどのように受け取り感じ、影響を与えていくかを観察することができたのです。ただあなた自身としては肉体をもっているこの流れの中において、できるだけ感情的なエネルギーを浄化していき、後の世界に影響を与えないようにしていく、それをしっかりと理解していきながら一つひとつの扉を正しく通過できるようにもっていってください。
Hさん、あなたの天国の扉において、一つひとつの扉にとてもユニークな特徴が現れており、あなたの心の豊かさや寛大さや美しさと同時に、自分自身の興味のあるところだけに反応し、興味のないところにはまったく反応しないという、この特徴がそのまま上の世界で観察することができました。自分の関心のあるところや興味のあるところだけに意識を向けておくと、それ以外の自分の世界に目を向けることができず、上の世界に行く時に大きな問題となって残っていく場合があります。したがって今のうちに興味がなくてもとりあえず関心を向け学んでみる、興味のない人にでも積極的に話しかけてみる、そういったことを行なうことによってすべての自分の世界に正しく意識を向けることができるようにもっていってください。
Iさん、あなたの天国の扉において、あなたの心の在り方そのものが天国の扉を現しておりました。いわゆる素直で純粋な扉として機能しておりましたが、どこかに自信のなさや弱さ、少し自分でたじろんでしまうような波動が残っており、堂々と扉を開けて前に進むという状態にはなっておりませんでした。いわゆる日常生活においても一つひとつに何か後ろめたさや弱さを認識するのではなく、自分の世界なので堂々と自分の世界で行動していく、どのような状態になろうともすべては自分の世界であり、自分の世界を完璧に自分の意志で行動していく、それをはっきりと理解して堂々と自分の世界を歩いていけるような意識をつくり上げていってください。
Jさん、あなたの天国の扉において、それぞれの天国の扉に特徴的な反応があり、いわゆる光を感じた段階で扉がすぐに振動し、動き出そうとする働きと、あなた自身の意識によってそれをすぐに開けさせるように働きかけていくか、それとも少し躊躇させ、わざと留まるように働きかけていくか、いろんな意識が動いておりました。あまり自分が余計なことを考えずに、そのまま素のままで進んでいけば扉は正しく開いて前に進むことができます。しかしどこかで自分自身を責めたり価値のないものとして見たり、自分に対していろんな判断したものが扉を開けにくくさせる効果をつくり上げておりました。自分自身の世界を堂々と自分でコントロールし、自分で積極的に前に進んでいく、そういう意識によって堂々と扉を開けることができるようにもっていってください。
それではここまでにいたします、ありがとうございました。