20190114 of Central Sun Ascension Report

/マイトレーヤ/ホワイトブラザーフッド/アデプトはマスターではない/弥勒菩薩とマイトレーヤは異なる波動/日本人のキリスト意識は"尽くす"/

2019/1/14 特別セミナー

このメッセージのいいねポイントは

ホワイトブラザーフッドの仲間はまだ修行中の意識


①マイトレーヤも修行の一環で人類に奉仕している

マイトレーヤとしてお話をします。この地球におけるホワイトブラザーフッド、このブラザーフッドの集まりは、皆さん方の先輩のような働きをしており、皆さん方をコントロールしているわけではありません。皆さん方一人ひとりを指導し、導き、光の世界に導くために、大いなる意志を感じながら、一人ひとりに最適な方法を見つけ、導こうとしております。

皆さん方は五番目のイニシエーション、アデプトのイニシエーションを一つの基準として学びを進めております。それはそれでとても良いことであり、まず自分自身の執着を取り除き、光と一つになって大きな光の世界をつくり上げていく、その心がけはとても良い意識ということができます。

しかし五番目のイニシエーションで悟りを開いたとしても、単純に魂のカルマがなくなり、もう肉体をもつ必要はなくなったという状態であり、そこですべてを悟ったわけではありません。

肉体をもつことなしに、人間をどう導いていくか、それを学んでいるのがホワイトブラザーフッドの仲間たちになります。いわゆるインスピレーションを与えたり、直観を与えたり、ガイドとしてお手伝いをしたり、出会うべき人に出会うように導いたり、いろいろ皆さん方の見えない世界で活動しているのがホワイトブラザーフッドの役割になります。

一番大きな役割は皆さん方がチャネリングを行なったり、エネルギーを行なったり、良いマジック的なことを行なうときに私たちは一緒に活動することになります。その意味において、こういうチャネリングやエネルギーワークを行なうときには、必ずホワイトブラザーフッドを呼んだり、あるいはマスター、天使を呼んだりすると、安全に行なうことができます。

何も天使やマスターを呼ばずに、ただ、自分たちだけでマジック的なことを行なうと、どういうエネルギーが近づいてきて、どういう働くをするかは、その人のエゴや意識によってかなり異なってきます。

ホワイトブラザーフッドは人間だけを見ているわけではないために、実際には地域全体を見ていたり、動物や植物を見ていたり、自然界の調和を見ていたり、いろんな役割をもっております。

したがって、ブラザーフッドのメンバーだからといって、人間に詳しいとか、ましてやこの国の事情に詳しいとか、個別の宗教に詳しいということはできません。やはりそれぞれ自分が担当している役割があり、担当している範囲内のことでしか人間に伝えることはできません。

そういう意味において、すべてをマスターしているわけではないために、ホワイトブラザーフッドのメンバーを呼ぶときには、どちらかというと単純にホワイトブラザーフッドそのものとして誰かを連れてきてもらう、自分のテーマに応じて一番、最適な人を呼んできてもらう。そのようにした方が一番良い情報が得られるものと思われます。

個別のアデプトの者たちを呼んだとしても、必ずしも適切に良い情報が与えられるとは限りません。やはり皆さん方から見たとき、大天使やマスターの存在たちを呼んだ方が、その時その時に一番よい情報が得られる思われます。

弥勒菩薩やマイトレーヤとしていろいろ紹介されておりました。いずれも人間が感じ取り、人間の概念で作り上げた存在であり、実際のマイトレーヤとしてのものとはかなり異なっております。それでもエッセンスから見たとき、共通しているところはたくさんあります。

いわゆるお釈迦様と一緒になって活動している、人類全体を高めるために、意識レベルを上げるために、アセンションへと導くために活動している。そういう面においてはマイトレーヤであろうが、弥勒菩薩であろうが、どちらを使ってもかまいません。

日本の人々から見たとき、弥勒菩薩という名前を使うと、どうしても仏教的には仏像のイメージが出てしまい、いわゆる観音と同じような感覚になる人もいると思われます。しかし本来の観音と弥勒菩薩はまったく異なっており、やはり光のマスターとしての観音は完全にすべてを超越した光のマスターであり、弥勒菩薩、マイトレーヤとしての存在は、まだまだマスターに向けての修行中の存在ということができます。

その意味においてマイトレーヤ、弥勒菩薩という名前は、光のマスターに比べればまだまだ修行中、まだ学んでいる最中という理解はしておいてください。

今の皆さん方にマイトレーヤのもっている資質、一般にキリスト意識という呼び方がなされておりますが、日本人的にいうと尽くす心、できる限りの力、能力を使って最善の力を使って相手のために尽くす、これがキリスト意識に近い解釈になります。

この本来、日本人的に理解しやすい「尽くす心」、相手の人のために、誰かの人のためにあるいは国のために、尽くすというこのキリスト意識を流していきます。

この尽くすという意識、波動が、今とても弱くなってきて、中途半端でも、ただ楽しければよい、完全でなくてもおもしろければよいという風潮が日本に広がっております。最善を尽くす、トコトンまで尽くす、完全性を目指す。もちろん執着的な意識ではなく、ただそうでありたいという強い思い、これがキリスト意識であり、この本来のキリスト意識をぜひ日本の方々にも身につけてもらい、いずれはマスターになって、このキリスト意識の素晴らしい使い手となることを願っております。

それではここまでにいたします。


※個人アドバイスは省略します。

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