20141209 of Central Sun Ascension Report

2014/12/8 宇宙交流会

このメッセージのいいねポイントは

富を奪うものは自分が奪われる




①他者を豊かにさせる心が富の器となる

私たちは富と呼ばれているエネルギーです。富というのは、日本語で豊かさ、心が豊かである、物質的に豊かである、金銭的に豊かである、そういう心の状態を富と呼んでおります。日本人の心に富という意識が広がったのは、いわゆる文明というものがつくられ、文明をつくり出した中心となったもの、文明の中心にあるもの、日本においてはある地域ごとの有力者、あるいは国や部落をまとめているものたち、より多くの領域を自分たちの住む世界としてとらえ、この自分たちの住む世界を楽しく豊かで良い社会になるようにつくろうとしていたものあっち、そういう文明をつくろうとしていた者たちの意識によって、豊かである、そういう豊かさの意識がつくられていきました。

人間の初期の段階においては家族や身内、仲間たちが自然の状態の中で必要なものだけを自然と共に共有しながら生活する、住む場所においても自然にあるものを使いこなすことによって住処をつくり、食べ物も必要な時に必要な物だけを採ってきて皆で食す、そういう自然と一体となって生活していたころは、富という意識はそれほどなく、自然の恵まれているものをいただく、自然に生かされているという意識の中で過ごしておりました。

しかし地球の環境が変化していき、豊かな食べ物が手に入らなくなってきたり、特定の地域に住み続けることが困難になってくるころ、より豊かな暮らしを求めようとして実り豊かな場所、あるいは過ごしやすい場所を探し求めたり、そういう場所を新しく作ろうとする意識がつくられていきました。そのように生活を少しでも楽にさせようとする意識から、豊富なものを集めておく、保存しておく、収穫してまとめておくという意識が出来上がっていき、必要なものを永らく確保する、こういう考えが出来上がってきました。はじめは長持ちするような食料品を蓄えておく、いざという時のために必要な物をそろえておく、そういう意識がつくられてきました。

しかしだんだんそれが効率をよくすると、家族だけの場所ではなく、だんだん大きな単位へと広がっていき、村というレベルまで大きくなり、村のレベルで確保しておく、貯蔵しておくという意識が広がっていき、皆で協力し合って確保する、皆で助け合って貯めておく、こういう考えが出来上がってきました。同じ村の中だけでうまく話が通じているときは、それで十分に機能しておりました。しかしいろんな事情から場所を移らざるを得なくなった、あるいは他のところから移ってきた人が村にやってくる。そうすることによって価値観の異なる人同士が一緒に生存するようになると、確保していたものをどのようにして分配し、どのようにして分け与え合うか、そこで少しずつ認識の差ができていき、一部の者たちが自分だけのために確保していく、自分たちの家族のためだけに確保するという考えのものが現れてきて、村全体で一つにするという発想から自分たちだけの食料品の確保という意識が出来上がり、その頃から富のエネルギーが変化していき、それまでは全員が同じ認識をもっていたものが、一部の者たちだけが動くのものを手にする、自分たちだけが手にするという発想が生まれていき、富というエネルギーが動き出していきました。

一度、自分たちが他のものよりも多く富を手にするという意識が出来上がると、この富のエネルギーはどんどんより強く、より大きくなっていき、さらに大きな富を手にしたい、もっと多くのものを手にしたいとエネルギーが動き出していき、他の者たちが自分たちだけの富を手にしようとする動きが行なわれていきました。こうやって富のエネルギーが形成されると同時に、どんどん広がっていき、一部の者たちが大きな富を手にする、こういう状態で次から次と富のエネルギーが広がっていき、全体として富が発展していき、さらに一部のものが大きな富手にするという仕組みに変わっていきました。

したがって富のエネルギーは本質的に一部の者が大きな富を手にしていく。こういうエネルギーを本質的にもっております。この富のエネルギーの物質的な表れは、最初は食料品として確保されていましたが、少しずつそれが他に貴重なもの、何らかの価値のあるもの、何かを作り上げ、それを皆で共有したり、価値のあるものをお互いにより価値のあるものへと広げていくようなものがつくられていきました。

この富はその場における一番力のある者、権威をもつものが管理することが多く、権威をもっているものが富を管理し、必要な時に必要なものが使われるようにつくられておりました。人間の心がどんどん変化していき、富の力がとても美しく素晴らしく思われ始めると、富を手にしようとして自分が権力者になる、自分が支配者になるという意識のものが現れていき、自分が支配者になることによって富を自由に使っていく、自分の都合の良いように富を使う、こういう社会が生まれていきました。

この頃から富というエネルギーに権力者、権威をもつ者とのつながりが出来上がっていき、権力者や権威のある者が大きな富を手にするというエネルギーが動き出していきました。今この地球上を覆っていると富のエネルギーはすべてここから始まっているために、富には権力者が権威者がたくさん手にして多くの富を独り占めする、自分の良いように使う、というエネルギーで動いております。貨幣制度という仕組みが後に作られ、金銭によって物質と交換する、金銭を交換の基準とする、そういう発想が出来上がってくると、富のエネルギーに金銭的なやり取りのエネルギーが入り出していきました。富と交換する金銭の基準がつくられていき、物と物との交換のほかに、物と金銭との交換が行なわれていく。金銭というものがものと同じ価値をもつ。そのような意識へと発展していきました。

それ以降、国ごと、時代ごと、文明ごとに富の基準が変化していき、それぞれの時代において、それぞれの国において、富の意識のエネルギーが変化していき、今となってはさまざまな形態の富のエネルギーがこの地球上を覆っております。皆さん方のこの日本という国でみると、富のエネルギーは初めはある程度、何らかの労働を伴う、何らかの作業を伴うことによって富が得られ、手にしたと他の富を交換する、こういう意識がつくられておりました。だんだん金銭の力が強くなってくると、物質的な富よりも金銭の力の方が強くなっていき、今となっては金銭が単独で人間を支配するようになってしまいました。

今多くの人はまず金銭を前提にして考え、この金銭で富を交換する、金銭を使うことによって富を自分のを世界に引き込んでくる。こういう考え方になっております。多くの人がこういう考えをもっているとその力が強くなっていき、金銭的な力が社会を支配する、人間を支配するという流れに入っていきました。この日本という国において金銭のエネルギーが強く動き出し、物質そのものよりも金銭を基準にして物質を評価する、物質そのものの価値観をその金銭に任せるという意識が強くなっており、物質そのものを純粋に自分の価値観で評価することができなくなってきました。本来、富の価値観、富を交換する金銭としての価値観は人によって異なっており、自分にとって必要なものはとても良い価値観をもっており、自分にとって必要でないものはほとんど価値をもっておりません。

同じ富があったとしても、必要とする人間の度合いに応じて、富の価値が変化していきます。しかし今となっては金銭の力が強くなっているために、金銭的な基準が先に動き出し、金銭が富の価値を決めてしまう、金銭が決めた価値に人間が合わせる、人間がその金銭の価値を受け入れ、それを使っていく。そういう時代になっております。人間自身がつくり上げた富の価値観、この富の価値観は最終的には一人ひとり異なっており、自分たちがこれまで過ごしてきた人生の流れの中で、自分が富に対してつくり上げた価値観、富に対してもっている価値観がそのままは魂に、富の器としてつくられております。

今、皆さん方の魂の中につくられている富の器は、それまでの自分の流れの中でつくられたものであり、またこの富の器の大きさによって自分の人生で使える富がある程度決まっております。いわゆる貧乏性という言葉がありますが、あまり富ということを意識せずに、見掛けは貧しく、あまり欲張らず、最低限の質素な生活で十分と思っている。こういう人の富のエネルギーは金銭的にはそれほど大きな富ではありません。しかし金銭的な富が大きくない状態であったとしても、自分の人生における裕福さ、人生における富の器としてみた場合に、必ずしも貧しい、貧乏という状態にはならず、自分の人生を生きる中で必要なものが必要な時に適宜、巡ってくるように仕組まれております。

この必要な時に必要な富が訪れてくる。これは富に執着していない人、期待していない人、あるいは自分に入ってくる富をすべて感謝をして受け取り、神や天使たちに感謝の気持ちを伝えたり、喜びを表現したりして、入ってきた富を十分に楽しんで使っていく。こういう人は富のエネルギーとのつながりを強くしていき、必要な時に必要なものが入るように動いていきます。富そのものではなく金銭というエネルギーを強くもっている人、多くの金銭を動かす力がある、大きな会社で金銭を動かしている人やあるいは自分自身の事業で大きな金銭を扱っている人、こういう人はこれまでの人生の流れの中で大きな富を動かす体験を行なっていたということができます。

これまでの人生の中で大きな富を動かして、多くの人のために使っていた、あるいは多くの人と一緒になって大きな金銭を獲得していた、こういう人は今の人生においてもそのまま大きな金銭を手にする傾向があります。こういう大きな金銭を動かす人にも、またいろいろパターンがあり、大きな金銭を動かしながらも、あとで大きな金銭に負けてしまい、一気に大きな出費がかさみ、借金を作ってしまう、大きな金銭が入ってきたのにもかかわらずほとんど使ってしまい、金銭的な余裕がなくなってしまう。こういう人がいるでしょう。

これは大きな金銭が入ってきたときに、金銭のエネルギーに対する喜びや感謝、あるいは天のサイクルに合わせる働きを無視したままで、ただ自分の好きなように金銭を使ってしまった、こういう人は金銭的なエネルギーの仕組みにうまく合うことができず、結果的に自分の手に負えないレベルで金銭のエネルギーが動いていき、金銭に苦労したりする状況がつくられてしまいます。また大きな金銭が入ってきて、本当にこれを喜びとして表現したり、もっと何か人のために、もっと皆が楽するために、皆のために使いたいという意識をもって、さらにそれを大きな金銭に変えながら、有意義な使い方をしていく。こういう人は大きな金銭のエネルギーをさらに大きくしていき、どんどん自分は大きな金銭のエネルギーを扱うことができるようになっていきます。

大きな金銭を使って自分にやってきたときに、常に喜びや感謝、天や神に対する喜びや感謝を送っていくと、金銭のエネルギーは良いエネルギーとなって自分を動かしていきます。金銭のエネルギーが入ってきても、特別に何も意識せず、ただ使い、ただ貯めておく。何かのためにただ貯めておき、必要なものだけ使っていく。こういう人の金銭のエネルギーは必ずしも金銭を大きくする力にはならず、その人の個人的な使い方や一時的なものとして、ただ金銭が使われる。大部分の金銭はほとんどの人間の役に立たないエネルギーとして保管され、ただそこに存在することになります。

金銭のエネルギーで好ましくないエネルギーが入っているもの、だまして金銭を手にしたり、ウソ偽りを通して金銭を手にした、あるいは金銭に対する喜びや感謝を表現することなく、ただ金銭を自分のものにした、こういう人にやってくる金銭のエネルギーは、本来の人間の富の器には反応することなく、自分の富のエネルギーをむしろ小さくさせてしまう、富のエネルギーの動きをおかしくさせてしまう、そういう状況として現象化されていきます。したがってこういうエネルギーの入った金銭はその人の富の器とは釣り合いがとれていない金銭となり、いわゆる盗難にあう、どこかに置き忘れてくる、いつの間にかなくなってしまう、そういう現象として自分の富の世界から出ていくことになります。

つまり皆さん方が金銭を扱うときに、喜びや感謝、天や神に対する祈りなどを行なっているときは金銭をよい天の仕組みとして動いていき、自分の富の器を潤わせるようになっていきます。しかしだまして手にした金銭や好ましくないやり方で手にした金銭は正しい富の器には入らず、結局は自分から出ていく、だまされる、奪われる、なくしてしまう、そういう現象を通して自分の富の器から離れていくことになります。ただ皆さん方のこの人生において、金銭的なトラブルを体験する人が存在しているでしょう。

富の器によって起こされる現象とカルマ的な現象として体験する問題があります。いわゆる以前の人生において、詐欺をした、騙した、こういった金銭にまつわる問題を起こした場合は、それを自分が体験することになり、詐欺にあう、騙される、盗まれる、いろんな現象を起こすことになります。したがって以前のカルマ的なエネルギーで金銭を失う場合と、今回の人生において喜びや感謝の表現がないために失場合の二つケースがあります。カルマ的な現象として起こされる場合は、それを体験する必要があるために、たとえ自分から金銭が失われたり、なくなってしまう現実を体験したとしても、けっして不平不満を言うことなく、相手を呪うこともなく、ただそれを現実として受け入れる。できれば相手を許し、愛に満ちた波動で体験すると、そのエネルギーは完了することになります。

しかしそこで相手を呪ったり、不平不満を感じたりすると、またカルマを作り出してしまい、自分が騙されるとかいう体験をつくることになります。今、皆さん方の社会において、いわゆる詐欺という事件が非常に多くなっております。これはこれまでの日本の歴史において多くの地主たちが小作人を騙して金銭を取り上げたり、あるいは役所の者たちが市民からたくさんお金を取り上げたりして、これまでの歴史の中で取り上げた人、騙した人、そういう人たちが今、詐欺としてお金を取られてしまう現実を体験しております。

したがって詐欺などの事件があるとき、社会的には詐欺を行なった人を批判し、お金を奪われた老人がかわいそうとか、こんな老人から取るのは卑怯だとか、いろいろ感ずる人がいるでしょう。しかしエネルギー的な仕組みからいうと、とられた老人というのはいわゆる前世というところで人々からお金を巻き上げていた役人であったり、地主であったりしていることが普通であり、それだけ多くの人が歴史の中で人々を騙し、人々から巻き上げていたといういうことができます。それらの詐欺などの事件に対し、批判することなく、かといって喜びを表現するわけでもなく、ただのエネルギーの流れとしてとらえ、相手を許し、またどのような現象をもそのまま許していく。こういう見方がひとつあります。

しかし詐欺は詐欺としてよくない行為であり、今、詐欺を行なった人はまた次の人生をつくり、自分が詐欺にあうという流れをつくることになるでしょう。したがって皆さん方は今、詐欺を行なった人にはやはり反省をしていただき、もうこれ以上詐欺は行なわない、これ以上人から取り上げることはしない、そういう意識になるように光を送り、祈りを送る状況もあるでしょう。

今、日本において海外から来た人が日本人から金銭を巻き上げていく、騙して金銭を取り上げるという状況が現れております。これは必ずしも単純な問題ではありませんが、いわゆる日本の歴史の中で日本自身がほかの国からも騙して金銭を取り上げたという過去の歴史も存在し、それが今日本に戻ってきているということもできます。日本のこれまでの歴史の中では、やはり知らず知らずのうちにほかの国から何かを取り上げてしまう。こういう時代も存在しておりました。それが今、戻ってきている。単純にそういう現象といえるでしょう。しかしだからといってそれを許すわけではなく、やはり正しくエネルギーを見ながら、なおかつこういう搾取がこれから起こらないようにする。騙して詐欺をしたりするような行為を日本ではないようにする。そこに向けて意識をもっていくことは必要になるでしょう。



Aさんの富のエネルギーを見ていくと、あなたの富の動きはあまり富そのものに執着することなく、ある程度、皆と同じレベル、自分が皆よりもあまり裕福になろうと思わず、また皆よりも貧しくないレベルで、目立たないレベルで普通に過ごせればよい、そういう意識の富のエネルギーになっております。こういう人の富のエネルギーの動き方は、常に普通、人並み、平均というエネルギーで富のエネルギーが動いていくために、大きな富がやってくることがなければ、大きく富が失われるということもない流れになっております。宇宙から見たときに、平均、普通でいいという意識がよいのかどうか、ここに一つの大きなテーマが入っております。自分自身を大きな富で満たそうとする考えは好ましくありませんが、ほかの人を豊かにする、ほかの人の普通というレベルをもっと高い方へと引き上げていき、ほかの人がもっと良い富になるように手伝っていく、ほかの人の富の上昇のために自分が働きかけをしていく、こういう意識で活動していくと、結果的にほかの人が多くなるにつれて、普通や平均というレベルが上がっていき、自分自身の富が大きくなって戻ってくることになります。しかし自分の富を期待してほかの人の富を増やそうとすると、それはまた欲になってしまい、結果的に自分には戻らなくなってしまいます。したがって自分の富を増やそうとは考えることなく、ただほかの人の富のレベルを引き上げていく、ほかの人の富がさらなる高いレベルにいくように自分が協力していく。それによって自分自身の富が大きく動くようになっていきます。

Bさんの富のエネルギーをみていくと、あなたの富のエネルギーの動き方は先祖や家族から受け継がれている富のエネルギーの動きが少し左右させており、自分個人の富の器ではなく、受け継がれたエネルギーが一緒になって富を動かしております。そのために自分ひとりでがんばったり、自分ひとりで富を動かそうとしても、すぐには反応しなかったりして、受け継がれた富の動き方によっていろいろ変化を見せていきます。あなたに受け継がれた富の動きというのは、かなり古代の方にさかのぼりますが、一人の大きな力をもつものに富が集中する、権力や力のあるものに富が集中するという時代につくられたエネルギーであり、富が集中するというエネルギーと同時に、権力のない人は富がない、権力のない人はどんどんとられてしまう。こういう富のエネルギーが受け継がれており、それがあなたの富のエネルギーに影響を与えております。したがってあなた自身はあまり富ということに執着せず、自分のできる範囲内で後は天に任せるという意識があったとしても、受け継がれたエネルギーにより権力がないときにはどんどんとられてしまい、権力を手にすると自分がそれらを手にすることができる、こういうエネルギーが動いていきます。したがってあなたの家族や身近なところでは、人によっては権力や権威を手にしている人には金銭のエネルギーが集まってきて、権力も権威もない人は金銭が出ていく、こういう富のエネルギーが動いております。あなた自身がこういうエネルギーの中でこれからうまくやっていくためには、まず金銭そのものは善でも悪でもなく、むしろ社会を動かす、社会を発展させるための一つの力であること、金銭をうまく使うことにより人を元気にさせたり、人を楽しくさせたり人間関係を良くすることができる。しかし金銭の使い方を間違うと人間関係が壊れたり、あるいは幸せが破壊されたり、家庭が崩壊したりしてしまう。こういう強さをもったものが金銭のエネルギーであること。それだけをしっかりと理解していき、丁寧に繊細に扱う必要があります。無造作に扱うと富のエネルギーが動いていき、どんどんなくなってしまったり、権力のあるものに動いていったりしますが、自分の繊細な意識をもってしっかりと金銭に意識をつなげておくと、権力者に出ていったりあるいは金銭で不幸な目にあうことがなくなっていきます。金銭に意識をしっかりと向け、良い物として動くように常に意識しておく。こうやって自分が良いエネルギーでコントロールできるようになると、自分がそれらをうまく使える方向へと変わっていきます。

Cさんの金銭の動きを見ていくと、あなたそのものにつながっている富のエネルギーは天の豊かさをそのまま地上世界に表そうとしてもってきた富の器があり、この富の器をどのようにしてうまく使いこなすか、あなたがこの富の器をどのようにして現象化させるか、それを確かめられている状況といえます。本来、天から降ろされた富の器はほかの人に光を与える、ほかの人を明るく元気にさせる、こういう意識があれば富のエネルギーが相手にも広がっていき、自分から周りの人へと富が広がるように動いていきます。そしてほかの人に対して自分が執着や何のわだかまりもなく、金銭を使っていくと、ほかの人がその金銭によって喜びを得たり、幸福な感覚が広がるようになっていきます。しかしこの天の富のエネルギーを忘れてしまい、普通の今の社会と同じような意識で富を使っていくと、その富や金銭には光が入らなくなり、人間的な富のエネルギーで動いていき、結局は欲望のままで富のエネルギーが動かされていきます。欲望のままの富のエネルギーというのは、人を騙し、うまく利用した人が富を集中させ、心優しく利用されやすい人は富がなくなっていく。これが人間のつくり出した富の分配のエネルギーであり、うまく利用する人、騙す人やずるい人が富を手にしていき、心優しくなんでも相手に合わせてしまう人は富が出ていく状態にあります。この人間のつくり出した富の分配は天の法則とはまったく異なっているために、この方法で富を大きく集めたた人は必ず大きな破壊を伴っていきます。したがって自分自身は自分の富のエネルギーを天の法則で使っていくか、人間がつくった分配の原理で使っていくか、それによって自分自身の富の現れ方が変わっていきます。自分自身の富の動きを自分で感じながら、自分が使えば使うほど周りの人も自分も明るく良い状態になっていくのであれば、天の法則に従っており、ただ自分が何かに搾取されたかのように感じたり、あるいはほかの人にいろいろ騙したりして自分が富を集めてきた場合は、人間の法則によって、一見、富を手にするように感じながらもあとで破壊が伴っていく。こういう状況として感ずることになります。自分に流れる富を感じながら、自分がどエネルギーを使って富を動かしているか、それを感じていってください。

Dさんの富のエネルギーをみていくと、あなたの富のエネルギーの動きはあまり執着を伴っていない富のエネルギーでありながら、でもどこかで何か価値を認めて使うという意識もないために、ただの富、ただの金銭という状態のエネルギーになっております。金銭を使うことによって得られる喜び、富を使うことによって満足する心の喜びがそれほどないために、逆に富や金銭を使うことによって得られる喜びはそれほどない状態になっています。そのために金銭や富を使うということによる喜びは必ずしも大きくはなく、それを大きくしようとするエネルギーも備わっておりません。自分がこの富を本当に大きく、満足するものにもっていこうとするのであれば、普段から金銭を使うことに対して喜びを感ずる、富を出すことに対しての喜び、幸福感、この感覚をもっと強くする必要があるでしょう。喜びは幸福感が少ないと金銭のエネルギーも必ずしも大きくならずに、最低限の生活で十分なレベルに留まっていきます。しかしその最低限のレベルが必ずしも悪いとは限りません。自分がそのままは何の執着もなく、何の不平不満もない状態で人生を送ることができるのであれば、それはそれで一つのレベルといえるでしょう。ただ自分自身が富を使うことの喜びを感じないと、ほかの人を富によって喜びを与える、ほかの人を富で喜ばすということができない状態になっていき、ほかの人に対する喜びを与える、喜びを分かち合うという力がなくなっていき、その部分は自分にとって身につかないエネルギーになっていきます。自分が何を目指すか、何を喜びとするか、自分で自分のことをうまく考えながら良い方法をつくり上げていってください。

Eさんの富のエネルギーを見ていくと、あなたの富の動きは自分の心が満足する、自分の人生が満足するという意識が先につくられており、どうやったら自分の喜びが増すのか、自分の喜びを最大限にするには何が良いのか、それが常に富のエネルギーと一緒に動いております。この富のエネルギーの動きの中で、金銭というエネルギーは必ずしも金銭に執着した意識はありませんが、それでもないよりはあった方がよい、そういうレベルの金銭といえるでしょう。ただ金銭のためだけに一生懸命働くという意識はありませんが、それでも必要なものがあればある程度それを獲得するために身体を使う、そういう金銭のエネルギーであり、ある程度、自分が努力して手にした金銭のエネルギーにはそれなりの価値観が入っており、自分が金銭を得るために費やしたエネルギー的なものがしっかりと金銭のエネルギーに入っていきます。したがってほかの人のために何か金銭を使うときには、それなりの価値観、それなりの素晴らしいもの、そういったものが相手にも流れていくために、相手はその金銭的を受け取ることにより何か大事なものを手にした、大事なものをもらったという感覚を味わうことができるでしょう。あなたのこのエネルギーをうまくバランスよく保つためには、自分の体の中で動いている金銭のエネルギーとこの富のエネルギーをうまく使い分けることが良い状況を作り出すでしょう。金銭として必要に使わざるを得ないときと、富として使うべきもの、これが別々に動くために、ただ富として使うときにはほかの人を喜ばせる、ほかの人の心を豊かにする、金銭でなかったとしてもその人を満足させるようなことをしていく。そうすることによってほかの人は喜びを受け取り、何らかの尊いものを感ずることがあります。それとは別に金銭のエネルギーは自分がその金銭の中に大切な何か尊いものを入れてそれをほかの人に分け与えるというエネルギーになっているために、本当にお金の価値観を理解する人、お金の価値観をちゃんと感じている人には正しい金銭のエネルギーが動いていき、それをその人を正しい金銭の使い方に導く流れがあります。つまりその人が間違った金銭の使い方、人を騙したり利用したりして、金銭を手にしている人がいたとすればあなたをそういう人に正しい金銭のエネルギーを送ることにより、その人は不正を行なって金銭を手にするということがなくなったり、あるいはできなくなったりする働きがあります。自分が必要と思うことを感じて、この金銭のエネルギーと富のエネルギーをうまく使い分けていく。そうやって周りの人に良いエネルギーが動くようにもっていってください。

Fさんの富のエネルギーにおいて、あなたの富のエネルギーは、大きな富のエネルギーの器の中で、自分はどこまでこれを使えるか、最大限どこまで使えるかをいろいろ試している最中といえます。ある意味ではいくらでもお金を使おうと思えば使える。でもある意味ではすぐに使えなくなってしまう。こういう思いを常にもたらしており、自分はどこまで使えるのか、どこまで自分の富として利用できるのか、こういう思いが常に付きまとっております。実際にはあなた自身の富のエネルギーは、あなたの思っている心の平和の度合いに応じて使い方が変わっていきます。本当に周りの人や多くの人が幸せになることを考えながら、金銭や富を使うときは、このエネルギーが本当に大きなレベルで動いていき、多くの人のために働きだしていくでしょう。しかし自分のためだけに何かを使う、自分のためだけに金銭を使うという動きになっていくと、実際にはある程度だけ金銭が動き、それ以上は動かなくなっていきます。したがって自分がどこまで金銭を使えるかという限界を知らべるときは、あくまでも多くの人が幸福になるかどうか、多くの人が幸せになるかどうかを調べていき、それによって使える大きさが変わってくる。これを感じながら、自分の使える限界をいろいろ試すようにしてみてください。

Gさんの富のエネルギーを見たとき、あなたの富の器にいくつかの特徴が入っております。天からもってきた富の器と先祖からもたらされている富の器が存在しており、天から授かった富の器は他者に幸せを売ることによって富の器がどんどん広がり、いくらでも大きなエネルギーが動いていく。しかし先祖から持ち越されている富の器はある程度自分たちが幸せになるために使いながら、ほかの人の幸せのためには、ある程度使うとすぐそこで止めてしまい、それ以上は使わない。自分たちは十分に使えても、ほかの人のためになろうとするとすぐ動かなくなる。これは先祖から持ち越された富の器になっております。この先祖から持ち越された富の器によって、今の現実の世界においては自分の状態ではある程度うまく使えても、何か他の人のために使おうと思っても気が向かない、あまり金銭的なエネルギーが動かない、こういう状態になっていきます。しかし、天からもってきている富の器はむしろ人のために、多くの人のために動くという富の器になっております。つまりあなたの富の器には、多くの人のために使おうとする天のエネルギーと、他の人には余計な大きさを出さないという先祖からのエネルギーの両方がお互いにぶつかり合い、いざ使うときに、どちらが有力かによってエネルギーが変わっていきます。本当に人のことを考え、他者の平和、ほかの人の幸福を強く願っているときは、天の器が動いていきますが、それほど強い思いはなく、ただ普通に人のためというレベルだと先祖のエネルギーが強くなって、実際にはエネルギーが動かなくなっていきます。この両方のエネルギーを心で感じながら、本当に必要なときには天のエネルギーを使っていく。できればこの天のエネルギーが先祖のエネルギーを覆い、先祖のエネルギーを変容させ、他者に対しては常に良い天のエネルギーが働いていく。そのように器そのものをつくり変えていく。そういう意識ができれば、富のエネルギーとしてはとても良いエネルギーとして使えるようになるでしょう。

今日は富や金銭についてのエネルギーについてお話をさせていただきました。今の人間の社会ではあまりにも金銭に執着するエネルギーが強く、場合によっては人間関係そのものをおかしい状態へとつくりかえております。ぜひ天のエネルギーをうまく使いながら、あまり執着しない金銭の使い方、富の在り方、それを感じ取って、適切なエネルギーを使えるようにもっていってください。それではここまでにいたします。ありがとうございました。


centsun.gif

  Ascension Report



Arghartan Messages
CentralSunMessage